入港
のん気な蒸気を吐きながら貨物船が水平線から現れるのだがそれはわれわれにとっては宝を積んだ輝かしい船だ。
あの積み荷の中には三十匹のハクビシンがいてその腹の中に、末端価格のけっこう張るやつがビニールに包んで詰められているのだ。
社長も考えたもんだ。
その船が人工港に近付く様を眺めながら、何度聞いたかわからない社長のご高説をたまわる。
「いいか、決してハクビシンとジャコウネコと間違えるなよ。同じジャコウネコ科だけどな」
「へいへい」
「それと、マングースとも似ているから気をつけろ、マングースはジャコウネコと類縁と言われていてどちらも猫より先行した種であるらしいがな」
「へいへーい」
「積み荷を受け取ったら、まっさきにこの」といって社長はスポイトと液体を見せてくる「下剤をハクビシンに飲ませるんだ」
「へいーへい」
「殺して腹を裂くのはかわいそうだからな、絶対にやるな」
「へいへいー」
「へいは一回!」
「へぇぇぇーーーい」
「ったくもう……」
そうこうするうちに船は入港した。輝かしい、われわれの宝を積んだ貨物船! あのフジツボの張り付いた舷はわれわれの「定礎」の礎となるのだ。
「定礎」ってよく見かけるけど実際なんなのか、知らないけど。
ゴロゴロと大八車に乗せられて渡し板を降りてくる我々のマングース。じゃなかった、ジャコウネコ、あれ、ジャコウネコ科の……「ハクビシンと間違えるな」だっけ、ジャコウネコと、ジャコウネコはジャコウネコ科だがハクビシンはマングースと類縁で先行種が……
ゴチャゴチャ考えているうちに大八車が目の前を通り過ぎようとする、それぞれの俵には「モハ103─15」とか「キハ’14」とか事務的な数字がテプラ(TM Kingjim)で貼られているだけで何のヒントにもならないではないか!
で、祈るように、あるいは折るようにして俵の音に耳を澄ますのだが、果たせるかな、その中からは、まぎれもなくハクビシンとマングースとジャコウネコが俵の内側を引っかく音がするではないか!
一体どれがどれだったのか。ままよ、といって「キハ’14」の俵をつかみ取る。
「こちら、税関の方から来た者ですけれども、こちらの輸入品を調べさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「よろしおま」
といって俵を裏の方に持っていって中を確認する。そこには確かに、マングースの群れが入っていた。よし、よし……!
任務完了(コンプリート)だ。ところが社長が笑っていない。いや、笑っているように見えるのは攻撃的に上唇を撥ね上げているからか。
「君の仕事は、これで終わりだ、いろんな意味でな」
「ご、ごべんなしゃい」頬が膨らんでてうまく喋れない。
「この失敗は、社のいかなる財をもってしても賄えないものだ。わかっているのか?」
「……今日、残業していきますから」
「そういう問題じゃないんだ!」
「ひ~ン……」
一方その頃、「表の顔」の方の「崩れる本棚」は、集稿も校正も整形も無事終わり、出版代行の会社に無事入稿を終えましたとさ。